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釧路地方裁判所 昭和51年(ソ)1号 決定

相手方 三瓶武雄

抗告人 国

訴訟代理人 福田文男、出村恭彦

主文

原裁判を取り消す。

本件を釧路簡易裁判所に差し戻す。

理由

一  本件抗告の趣旨および理由は別紙「抗告の申立」と題する書面、同「抗告理由の補足申立」と題する書面各記載のとおりであるが、これを要するに本件和解申立は民事訴訟法三五六条所定の要件を具備するにもかかわらず、右要件を具備しないとしてこれを却下した原裁判は不当であるから取消しを求めるというにある。

二  本件記録によれば、本件抗告に至る経緯は次の如くである。

抗告人は原裁判所に対し昭和五一年一〇月一五日起訴前の和解申立をなし、その請求の原因並びに争いの実情として、

1  抗告人は昭和四六年四月二三日釧路簡易裁判所に対し、自動車損害賠償保障法七六条一項に基づき取得した相手方に対する債権につき、相手方との右債務の承認、履行方法等に関する起訴前の和解申立をなし、同年五月一〇日和解が成立した(以下第一回和解と略す。)。

2  第一回和解においては、残金は昭和五一年六月末日までに一括して支払うこととされているところ、相手方は昭和五一年四月六日付書面により抗告人に対し最終支払期日までに一括して残金の支払いをなすことができない旨の申出をなした。

3  よつて抗告人は前記1記載の債権について履行期限の延長等譲歩する意思があるので、起訴前の和解申立に及ぶ。

と記載し、和解条項案を特定併記するとともに和解期日として昭和五一年一〇月二八日午前一〇時を希望する旨の書面を原裁判所へ提出した(以下本件和解申立と略す。)。

ところが原裁判所は何ら釈明、審尋をなすこともなく、昭和五一年一〇月二五日当事者間に民事上の争いのあることが認められない、本件については既に債務名義が存在しており新たに債務名義を得なければならない特別の事情は認められないという二点の理由により本件和解申立を却下する旨の決定をなし、右卸下決定謄本は昭和五一年一〇月二七日抗告人へ送達された。

三  本件記録および当裁判所の相手方三瓶武雄に対する審尋の結果によれば、抗告人主張の前示請求の原因並びに争いの実情が認められ、さらに第一回和解の内容は相手方が抗告人に対し負つている合計金七三万二、八六八円の債務を承認し、昭和四六年六月から昭和五一年五月まで毎月末日限り金五、〇〇〇円宛、昭和五一年六月末日限り残額全部各支払いをなすというものである(但、他に延納利息についての和解条項がある)が、これによれば最終支払期日の昭和五一年六月末日限り少なくとも金四三万二、八六八円を支払うこととなり、それまでの返済額に比して著しく巨額となるが、これは国の債権の管理等に関する法律二五条により、本件債権についての履行延期の特約等は五年を超えることができないとされていたためであつて、第一回和解の際にも抗告人、相手方間では五年後再び履行延期をすることがありうるとされていたことが認められる。

四  ところで、民事訴訟法三五六条所定の起訴前の和解が将来における訴訟防止を一つの目的とするものであることに鑑みると、前叙の如き事実関係のもとでは、たとえ抗告人において相手方に対し再度の履行延期をなしたとしても、それは起訴前の和解の如き確定力を有しないことから将来当事者間において履行延期の内容等に関する争いが生ずる蓋然性が十分に認められるばかりか、そのような争いは最終的には訴訟による解決によらざるを得ないことは明らかであり、本件においては民事訴訟法三五六条所定の「民事上の争い」があることは明らかである。もつとも、抗告人は第一回和解により相手方に対する本件債権に関する債務名義を取得しているとはいうものの、その内容は前叙の如きものであつて、再度の履行延期がなされれば履行方法、内容等に関し齟齬をきたすことは明らかで、当然その内容も変更されざるを得ないこととなり、前示記載の如くいかなる変更がなされたかについて将来当事者間に争いが生ずる蓋然性は十分に認められることよりして、そのような争いを未然に防止するためには起訴前の和解をなす必要性があり、債務名義を既に取得しているから、再度債務名義を取得させる必要性はないとすることはできない。

五  結論

以上によれば、申立人は相手方との間で民事訴訟法三五六条による起訴前の和解を適法になしうるものというべきであるから、本件和解申立を不適法として却下した原裁判は相当でないというべきであつて、本件抗告は理由があり、されば原裁判を取り消し、本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 八丹義人 遠藤賢治 大渕敏和)

抗告の申立

抗告の理由

一 抗告人は、昭和五一年一〇月一五日相手方に対する損害賠償金(自動車損害賠償保障法七六条一項による求償金)について、民事訴訟法三五六条の規定による和解の申立を行つた。

右和解は、釧路簡易裁判所において昭和四六年五月一〇日成立した和解(昭和四六年(イ)第一一号、以下「原和解」という。)について、国の債権の管理等に関する法律(以下「債権管理法」という。)二五条、二八条の規定により、履行期限の延長及び支払条件についての再和解を得るためのものである。

ところが、同裁判所は、右申立に対し、和解期日を指定しないまま、本件和解申立が「一 当事者間に民事上の争いのあることが認められない。」こと、「二 本件については、既に債務名義が存在しており、新たに債務名義を得なければならない特別の事情は認められない。」ことの二点の理由を挙げて却下する決定をなした。

二 原決定は、却下理由の第一点として、当事者間に民事上の争いのあることが認められないことを挙げているが、右民事上の争いとは、広義に解釈すべきもので、広く権利関係の不確実や権利実行の不安全の場合についても当事者間に争いがあり(大阪高判昭和二四・一一・二五高裁民集二巻三〇九頁、東京地判昭和二六・二・一二下級民集二巻一八七頁、大阪高判昭和三一・五・二二下級民集七巻一三二五頁)、又現在の紛争がなくとも、和解申立当時から予測できる将来の紛争の発生の可能性が存する(東京地判昭和三〇・八・一六下級民集六巻一六三三頁、名古屋高判昭和三五・一・二九高裁民集一三巻七二頁)場合にも、民事訴訟法三五六条にいう争いがあると解しており、判例の大勢は何等かの理由づけをして有効と解しようとしている。

すなわち、本条の和解においては、当事者双方が自由な立場で交渉し、事前に十分了解の下に争いを解消して申立をなすのが通常であり、即決和解とも言われるゆえんである。

したがつて、その内容が公序良俗にも反しない場合は、紛争という意味を文字どおり、現在の権利の存否・範囲などと厳格に解する必要はないからであると解されている(菊井=村松民事訴訟法II四七〇頁以下参照)。

しかるところ、本件においては、相手方が原和解条項どおりの弁済を行つておらず、民事上の争いは明白に存するというべきである。

三 原決定は、却下理由の第二点として、債務名義がある以上新たに債務名義を得なければならない特別の事情は認められないとしている。

しかしながら、本件の如き再和解が可能なことについては、債権管理法二五条但書及び同法二八条の規定から当然理解されることである。

本件和解の相手方三瓶武雄は、最終回の多額の金員の履行が不可能であるとして、いまだに不履行のまま再和解を希望しているものであり、履行期限の延長及び原和解条項第三項の延納利息に相当する金員免除の条項を変更するためにも再和解は不可欠とされるものである。

現に、釧路簡易裁判所においても、昭和四八年三月一六日和解成立の昭和四七年(イ)第三六号事件及び昭和四九年三月三〇日和解成立の昭和四九年(イ)第四号事件にみられるとおり、債務名義を有する債権について和解が成立している。

四 本件和解は、債権管理法二八条の規定に基づく履行延期のための和解申立であつて、直接法令の根拠を有するものであるし、かかる和解申立が不適法とされた場合は、抗告人国は原和解、に基づき相手方に対して強制執行の止むなきに至り、再和解を希望し、履行延期の申請を行つている相手方に予期に反した深刻な経済的打撃を与えることとなり、原決定の判断は、かえつて再和解を希望している相手方の利益を侵害する結果となる。

五 以上述べたように、原決定には、民事訴訟法三五六条、債権管理法二五条、二八条の解釈を誤つた違法があるので、原決定の取消しを求めるため本抗告に及ぶ次第である。

抗告理由の補足申立

抗告人国は、抗告理由につき補足敷術するため、民事上の争いに関する事実関係について次のとおり陳述する。

一 申立人(抗告人)国、相手方三瓶武雄間の釧路簡易裁判所昭和五一年(イ)第一二号和解申立(以下「本件再和解」という。)に係る債権(以下「本件債権」という。)については、再和解申立当時弁済額に争いがあつた。

相手方は、釧路簡易裁判所昭和四六年(イ)第一一号の和解(以下「原和解」という。)により、申立人に対し、昭和四六年六月から毎月金五、〇〇〇円あて支払をしてきたものであるが、昭和四八年九月分以降からしばしば支払が遅延するようになり、前月分を翌月に支払うことが十数回に及ぶようになつた。とくに、昭和五〇年六月末日の履行期限の納付通知書分(四九回目)金五、〇〇〇円については本年に至つても支払がなく、申立人は相手方に対し早急に履行するよう督促状を発している。

申立人は、本年九月末日まで右金員は未納としていたが、同月一六日相手方から右金員は本年八月上旬頃現金書留で送金済である旨申立があり、種々調査したところ、右金員は本年七月二一日に納入されていたことが判明した。

二 本件債権について原和解が成立していたとしても、長期間にわたる分割弁済の結果相手方において次第にその残額等について不明確となつてくることは避けられないところである(申立人においても、いささかそのきらいがあつたが)。相手方は、申立人から送付される納付通知書に従つて規則的に或は不規則的に履行をなしてきただけであり、自己の弁済額が何回目分から延納利息に充当されるようになつたのか、延納利息の残額は幾らであるか承知しておらず、まして自己の債務履行状況で原和解条項第三項の免除を要求できるかについて判断し得る限りではなく、本件再和解申立前において、申立人が自己に有利な弁済方法を定めてくれることを期待しているに過ぎなかつた。

相手方の立場で言えば、履行の遅延はあるが、原和解条項第四項(イ)の文言のように遅滞が二回分に達したことはなく、申立人の本件再和解申立の時点までには責に帰すべき遅滞はなくなつている(ただし、本件再和解が成立していないので、相手方は本年六月末日以降債務を履行できない状況にある)のであるから、延納利息免除可能とも考えられるのである。

本件再和解は、原和解の最終弁済期の延長と最終的には延納利息を免除する和解条項となつているが、若し、延納利息を免除しない和解条項であつた場合相手方が本件再和解に応じたかについては不明である。

三 国の債権の管理等に関する法律(以下「債権管理法」という。)二八条の規定による履行延期の特約等に代る和解は、同二四条、二五条の規定により特別の場合を除くほか五年間の履行期限とするものが大部分である。原和解においても履行期限は五年としており、毎月の支払金額は相手方の支払能力に応じて低額としたため、最終回の弁済額が多額となつたものである。

相手方は最終支払期前に、最終弁済額が多額で和解条項どおりの履行が不可能であるとして、この弁済額についての支払期限の延長と支払方法の変更及び延納利息相当額の免除等について申出があり、申立人において譲歩の意思があるので本件再和解を申立てたものである。

四 本件債権は、第二項において述べたように、延納利息の扱いについては履行延期の特約に代る本件再和解が成立しない以上不明確である。したがつて、相手方の負担すべき債務の総額についても確定していないから、かかる当事者間の不確実な権利関係を裁判所の関与の下に明確にすることなく、単に当事者間のみで履行期限の延長を行つたとしても、将来最終回の弁済額について、必ずや争いを生ずることが容易に推認されるのである。

なお、原裁判所においては、申立人に対し、何等の審尋をなすこともなく、かつ、釈明の機会を与えることもなく、本件再和解申立を却下したものであることを念のため付言する。

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